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静岡地方裁判所 昭和62年(ワ)409号 判決 1989年9月28日

原告 細野伸久

右訴訟代理人弁護士 大蔵敏彦

被告 株式会社中部銀行

右代表者代表取締役 宮澤彬

右訴訟代理人弁護士 城田冨雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  原告は、昭和六一年一二月頃から新生住宅という商号で不動産業を営んでいること、原告は、その頃被告の静岡駅前支店の守屋支店長、水野課長、塚本課員と面識があつたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、原告と被告との融資についての交渉の経緯等について判断する。

1  ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和六二年二月頃、土地を購入して賃貸マンシヨンを建築する計画をたてたが、その資金の融資を受けるための担保物件を所有していないため、かねてから仕事の関係上面識のあつた福原と共同して右計画を実行することにした。そして、原告は、同年三月三一日、所用のため福原の事務所を訪れた水野課長に対し、土地を購入して賃貸マンシヨンを建築する計画の概要を説明するとともに、その資金の融資を受けたい旨申し入れたところ、水野課長は、土地の購入代金と賃貸マンシヨンの建築資金は被告の融資の対象になる事業である旨の返答があつた。

(二)  原告は、同年四月三日、被告の静岡駅前支店に赴き、水野課長と会つたうえ、静岡市南安倍三丁目の土地を購入して賃貸マンシヨンを建築する計画を進めることを話すとともに、同月一〇日、被告の静岡駅前支店に赴き、水野課長に対し、南安倍三丁目マンシヨンの収支計画表(甲第三号証)を提出し(収支計画表の提出は当事者間に争いがない。)、一億七五〇〇万円の融資の申込みをした。これに対し、水野課長は、融資の金額からして支店決裁ではすまされず、本部決裁となるが、通常、三週間程度で決裁が得られるということを伝えるとともに決裁を得るについての資料が不足であるので、早急に資料を追加提出するよう指示した。

(三)  そこで、原告は、水野課長の右口吻からして三週間程度で一億七五〇〇万円の融資が受けられるものと早合点したうえ、早急に土地を購入しないと他に売却されるおそれがあつたため、同月一五日、金岡昂仁・同恵子から、静岡市南安倍三丁目二四四番四の宅地を代金四五三八万八八〇〇円で、株式会社カナオカから静岡市南安倍三丁目二四四番五の宅地を代金一九三九万八四〇〇円で買受ける旨の売買契約を締結し、即日手付金合計五〇〇万円を支払うとともに、残代金は同年五月一四日に所有権移転登記と引換えに支払うことを約した。

(四)  原告は、同年四月一六日、被告の静岡駅前支店に赴き、水野課長に対し、金岡昂仁らとの間の土地についての売買契約書のコピーを提出するとともに(売買契約書のコピーの提出は当事者間に争いがない。)、マンシヨンの建築を進める話しをしたところ、水野課長から本部決裁を得るに必要な資料の提出がないから融資の禀議の手続ができないとの説明があり、資料の提出を改めて指示された。

(五)  原告は、その後マンシヨンの建築計画を進め、谷米設計事務所に設計の依頼をするとともに、建築業者の選定を進め、日成建設、大和ハウス等に見積書の提出を依頼したので、同月二〇日、水野課長に対し、その旨話したところ、水野課長から、被告の得意先である甲賀建設も是非業者として参加させてもらいたいとの申出があり(右申出については当事者間に争いがない。)、同年五月一二日、水野課長は、原告事務所に甲賀建設の田中会長を伴つて訪れ、甲賀建設を建築工事に参加させて貰いたいと要請した(右要請については当事者間に争いがない。)。

(六)  原告は、被告の静岡駅前支店に対し、その間の同年四月二二日頃土地決済時必要資金のメモを、同月二八日頃近隣マンシヨン売買事例とマンシヨンの家賃資料を提出したので、水野課長は、原告に対し、電話にて必要事項を問い合わせ確認したうえ、同年五月六日貸出禀議書を起案し、守屋支店長らの承認を受けたうえ、貸出禀議書を本部に送付した。

(七)  被告の静岡駅前支店では、原告に対する融資は相当であるとの判断のもとに禀議書を本部に送付したものの、本部では融資に難色を示したため、本部担当者に対し電話等によつて禀議の促進を陳情したが、同年五月一四日までに禀議の決裁が出ないことになつた。そこで、同月一三日、水野課長は、原告に対し、禀議の決裁が出ないため、同月一四日に融資を実行することができない旨を電話で連絡した。

(八)  ところが、同月一四日午前、原告と売主、それに仲介業者らが、被告の静岡駅前支店に集合し(集合については当事者間に争いがない。)、水野課長に対し、融資ができない事情を説明してほしい旨迫つたところ、水野課長は、禀議決裁が出ないから融資ができない旨説明するとともに、禀議の決裁が出る日を明らかにせよというのであれば融資の話しは打切りにしたいとの意向を示したので、原告らは、水野課長に対し、早急な禀議の促進方と禀議の決裁が出たら知らせてほしい旨依頼して、被告の静岡駅前支店を辞去した。

(九)  同月二〇日、原告は、被告の静岡駅前支店に来店し、水野課長に対し、売主側と代金支払の延期を折衝しているが、是非銀行側も同行して売主側に対し事情を説明してほしいと懇請したところ、水野課長はこれを了承し、上司の鈴木支店次長とともに原告に同行して売主側を訪問した(訪問については当事者間に争いない。)。そして、鈴木支店次長と水野課長は、原告と売主側に対し、支店側としては、融資が実行できるよう何度も本部に出掛けて行つてお願いしているが禀議の決裁はいまだ出ていないことを説明するとともに、数日内には決裁が出ると思われるので代金の決済日を延期したらどうかとの指示をしたところ、原告と売主側は、禀議の決裁が出るのを待つことにし、代金の決済日を同月二九日に延期することにした。

(一〇)  しかしながら、同月二六日、水野課長は、本部から原告に対する貸出についての禀議については融資不可との結論が出たとの連絡があつたので、早速原告に対しその旨電話で連絡するとともに、同日午後守屋支店長とともに原告の事務所に赴き、原告に対し、融資について本部の決裁が得られなかつた旨告げたところ(原告の事務所で決裁が得られなかつた旨を告げたことについては当事者間に争いがない。)、原告は、融資について「何とかならないか」と再考を求めたが、本部の結論であるからどうしようもない旨説明した。

(一一)  被告の本部において、原告に対する貸出についての禀議について融資不可と判断した理由は、(一)原告は土地を購入して賃貸マンシヨンの建築を計画しているが、自己資金はなく全額借入れであること、(二)建築したマンシヨンを一括して売却する計画があるが、売却先が未定であること、(三)担保物件の担保価値が低く債権の保全に不安があること、などであるが、右理由とするところに虚偽の点はなく、しかも右理由は、原告に対する融資を拒否するに足りる相当な事情である。

2  以上の認定に反する証人福原孝、同金岡昂仁の各証言及び原告本人の供述の各一部は、いずれも措信し難く、右認定に反する証拠はない。もつとも、原告は、本人尋問において、原告が昭和六二年三月二八日に被告に対し一億七五〇〇万円の融資の申込みをしたのに対し、被告が同年四月一〇日に右申込みを受諾し融資を実行する旨確約した旨供述するが、原告に対する融資については被告の静岡駅前支店のみでその実行の可否を判断することができず、本部の禀議を要する案件でありながら、四月一〇日の段階で本部の禀議を得ていなかつたことは前認定のとおりであるうえ、原告本人尋問の結果によれば、四月一〇日の段階では原告から正式の借入申込書の提出がなく、また、貸付けについての利息、返済期間等の貸出条件が確定していなかつたのみならず、原告に対する融資に関し契約書が作成されたことはなく、担保とすべき不動産についての権利証や担保設定のための委任状を提出したり、司法書士にその手続を委任されたこともなかつたことが認められ、右認定に反する証拠がないから、被告静岡駅前支店の水野課長らが、原告に対し一億七五〇〇万円の融資を実行することを安易に確約するとは到底考え難いところであつて、原告の前記供述はたやすく採用し難く、また、証人福原孝、同金岡昂仁の各証言をもつてしても、原告と被告との間で原告に対し一億七五〇〇万円の融資を実行する旨の確約が成立したとの事実を認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  してみると、原告と被告との間に原告に対し一億七五〇〇万円の融資の実行する旨の確約が成立したことを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却する

(裁判官 塩崎勤)

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